多くの実業家が憧れる!渋沢栄一のビジネス哲学
更新日:2023.03.31ビジネス豆知識2019年4月、20年ぶりに日本銀行券(紙幣)のデザイン刷新が発表されました。新一万円札のデザインになったのは、“近代日本資本主義の父”として知られる「渋沢栄一」です。一方で、渋沢栄一の人物像や、実業家としての実績はそこまで有名ではありません。本記事では、同氏の生い立ちや功績をはじめ、企業経営者の心に訴える名言・格言をご紹介します。
渋沢栄一とは?
渋沢栄一は、その生涯において500以上の企業設立に関わった日本の実業家です。“近代日本資本主義の父”と呼ばれ、日本で初めて銀行を設立した人物として知られます。その生い立ちを振り返ってみましょう。
1840年3月26日、現在の埼玉県深谷市血洗島に生まれた同氏は、幼少期より父から学問を教わります。同氏が率先して学んだのは、論語でした。また実家は農家であり、14歳の時から仕入れを任されるなど、若くして商業的な経験を積んでいます。
19歳の頃、従兄の「尾高惇忠」の妹である「尾高千代」と結婚します。それを機に「栄一郎」に改名し、江戸の儒学者「海保漁村」の門下生となりました。また剣術家「千葉栄次郎」の道場に入門した際、門下生との交流から“尊皇攘夷論”に傾倒します。同氏は当時の長州藩と結託し、倒幕を計画しました。
計画のため江戸に向かう最中、同氏の運命を変える人物と出会います。それが後の江戸幕府第15代征夷大将軍、「徳川慶喜(一橋慶喜)」の家臣である「平岡円四郎」です。渋沢栄一は25歳の時、「平岡円四郎」とのつながりから一橋家の家臣となります。藩札を活用した木綿の販売拡大や、年貢米の販売方法の変更など、数々の実績を築きます。
1867年、「一橋慶喜」が江戸幕府第15代征夷大将軍となります。慶喜の弟である「徳川昭武」は同年、フランスで開催された「パリ万国博覧会」への出席を命じられますが、それに渋沢栄一も同行することとなりました。渋沢栄一は「パリ万国博覧会」に出席した後、ヨーロッパ各地で先進的な産業を見てまわります。
その後、徳川将軍の異母弟である「徳川昭武」がパリ留学をするにあたり、渋沢栄一も同じく留学します。フランスで当時の日本にはなかった「株式会社制度」を学びました。その後、1869年、静岡県で「商法会所」を設立します。商社と銀行を組み合わせたような事業形態を取り、藩財政の健全化を目的に設立したと本人は語っています。実業家の道を選んだ渋沢栄一は、日本の資本基盤を作り上げるために奔走します。結果、日本人の誰もが知っている、大手企業が誕生しました。
【渋沢栄一が設立に関わった企業】
- 第一国立銀行(現在:みずほ銀行)
- 日本郵便
- 東京証券取引所
- 東京電灯会社(現在:東京電力)
- 日本鉄道会社(現在:JR)
- 帝国ホテル
- 日本瓦斯会社(現在:東京ガス)
- 札幌麦酒会社(現在:サッポロビール)
上記は500以上ある設立企業の一部ですが、私達の暮らしに関わる有名企業ばかりです。この実績を鑑みると、2024年から流通する新1万円札のデザインに採用されるのも納得です。
渋沢栄一の「論語とそろばん」について
「論語とそろばん」は、1916年に出版された渋沢栄一の著書です。人としての道徳を「論語」、経済を「そろばん(算盤)」に例え、現代の経済活動にこの2つが必要であることを説いた経営哲学書となります。
「論語とそろばん」の要点は、以下の3つとなります。
- 利益追求と社会貢献のバランスが大切
- 横取りの競争ではなく、自己開発に注視した競争を目指す
- 個人の利用よりも、社会全体の利益を追求する
本書が出版された1916年は、日本社会がバブル期に突入した時代です。特に若い世代を中心に立身出世や金もうけの風潮が蔓延していました。大正時代へ突入すると、この様な風潮は身を潜め、「何を目的に利益を追求するのか?」が分からない経営者が増えました。当時の名士達が忠告する中、渋沢栄一は「論語とそろばん」でその風潮をいさめようとします。
本書には、以下の記述があります。
利益を得ようとすることと、社会正義のための道徳にのっとるということは両者バランスよく並び立ってこそ、はじめて国家も健全に成長するようになる。個人もちょうどよいあんばいで富を築いていくのである
※出典:論語とそろばん/著:渋沢栄一
先述した通り、利益追求と社会貢献はバランスが大切ということです。どちらか一方に偏っては、国家の成長につながらず、富を築くのも困難となります。それは「横取りの競争ではなく、自己開発に注視した競争を目指す」「個人の利用よりも、社会全体の利益を追求する」といった考えにも通じます。つまり、一個人が利益追求をするならば、世の中に尽くすことも同時に行うべき、ということです。
渋沢栄一の経営思想は、当時の日本企業に広く浸透しました。企業理念に「お客様や社会とともに~」といった内容を盛り込む企業も増えていきました。その根幹には「論語とそろばん」があります。今から100年以上前に出版された書籍ですが、現代の企業経営者が読むべき名著として、語り継がれています。
渋沢栄一の「道徳経済合一論」とは
同氏はことある毎に、「道徳経済合一論」を説いたといいます。これは先述した「利益追求と社会貢献のバランスが大切」に通じます。公益追求を道徳、生産殖利を経済として、どちらか一方が欠けてはならないという考え方です。
道徳(公益)と経済(利益)の両立は、一見して現実的ではない様に思えました。それでも達成できた理由は、当時の日本にはなかった「インフラ事業」に着手したためです。渋沢栄一が銀行や郵便局、電気会社を設立したのは、先述した通りです。これらは国民の生活を豊かにし、同時に莫大な利益を上げました。
また渋沢栄一は、目の付け所に優れた人物でもありました。鉄道や「インフラ事業」の様に、日本にはまだ存在しないものの、海外では普及しているものを積極的に取り入れていきました。当時の先進国と日本を比較したからこそ、公益・利益の同時追求が実現できたと考えられます。
渋沢栄一が残した名言・格言
最後に渋沢栄一が残した名言・格言をご紹介します。現職の企業経営者はもちろん、これから事業を起こす方にも読み解いてもらいたいフレーズばかりです。
- もうこれで満足だという時は、すなわち衰える時である
- 人はすべて自主独立すべきものである。自立の精神は人への思いやりと共に人生の根本を成すものである
- 商売をする上で重要なのは、競争しながらでも道徳を守るということだ
- どんなに勉強し、勤勉であっても、上手くいかないこともある。これは機がまだ熟していないからであるから、ますます自らを鼓舞して耐えなければならない
- ただそれを知っただけでは上手くいかない。好きになればその道に向かって進む。もしそれを心から楽しむことができれば、いかなる困難にもくじけることなく進むことができるのだ
- 男はどんなに丸くとも、角(かど)を持たねばならない。ボロに包んでも金は金だが、石は錦に包んでも石
「商売をする上で重要なのは、競争しながらでも道徳を守るということだ」という名言は、渋沢栄一の「道徳経済合一論」を象徴するフレーズです。時には、企業競争の大切さ、競争力の強化について説くこともありました。
それが「男はどんなに丸くとも、角(かど)を持たねばならない。ボロに包んでも金は金だが、石は錦に包んでも石」という名言です。要は「常に尖る必要はないが、いざという時には戦うべき」ということです。同時に「力を持っているからこそ、成功後も富を築き続けることができる」と説いています。これから先の時代を生きるビジネスパーソンもぜひ参考にして、社会の荒波を乗り越えていきましょう。
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